兄と弟
とある家庭の兄弟の一幕
ある日お母さんが小学1年生の弟を迎えに学校に行きました。PTAの用事があったので、そのついででした。
実はその日は小学3年生の兄も下校時間が被っていたのですが、兄はあえてお母さんと弟には合流せず、後からそっと、見つからないようについていきました。お母さんも弟も最初それに気づきませんでしたが、やがて弟に発見され、お母さんにも見つかってしまいます。
お母さんが一緒に帰ろうと促すも、兄はむすっとしてどうにも態度が悪い。学校で何かあったのか心配になったお母さんが問いただすと、兄は渋々こう答えます。
「弟と一緒に帰りたくないから」
お母さんは、怒るとかでなく、もうガッカリしてしまいました。
兄はまじめ、弟はおふざけ
小さい頃から兄はとてもまじめ。多少の反抗期はあったものの、言うことはよく聞くし、3歳頃からは一緒に歩いていてもちゃんと後ろをついてきます。
幼稚園の入園式ときすらちゃんと席に座れていて、挨拶もはきはき、幼稚園のお遊戯会では主役に抜擢されたことも。学校のイベントなどでもその場の空気を読み、うまく立ち回ることができます。
一方弟は小さい頃からとてもわんぱく。天真爛漫でいつもニコニコしていますが、言うことは聞かないし、一緒に出かける時も小学生になるまでは手をつながないとすぐにあっちこっちへと走って行ってしまいます。
幼稚園の卒園式でも小学校のイベントでもまっすぐ椅子に座っていられず、体をくねくね、あっちこっちをきょろきょろ。学校のイベントでも授業中でも、途中で飽きて何処かへ行ってしまうこともしばしば。
2つ違いの兄弟は、まさに対照的な性格なのです。
兄の大変さはわかっているけれど
お母さんのガッカリ
お母さんは「弟と一緒に帰りたくない」という兄の一言に、その日それ以降、本当に脱力してしまいました。もともと料理は好きではないのですが、今晩は特に夕ご飯を作りたくなくなるくらいです。
ガッカリするということは、期待していたということでもあります。兄ならもっと弟を大事にしてくれるはず…普段の様子からも兄はよく弟の面倒を見てくれていたから、余計ガッカリ度が大きかったのかもしれません。
毎朝弟を連れて小学校に登校したり、家でもよく弟に付き合って遊んでいます。ソファに仲良く寝転がって本を読んでいたりテレビを見ている姿は本当に微笑ましい。そんな兄から「弟と一緒に帰りたくない」という言葉が出ることが、なかなか想像がつかなかったのです。
兄の負担が大きいことはわかっていた
弟はいつも兄に「かまってかまって!」と絡みます。学校から帰ってテレビを見ている時も、本を読んでいる時も、おもちゃで遊んでいる時も、弟は兄に構って欲しくてしょうがないのです。
そのほかわけもなく兄の上に乗ろうとしたり、読んでる本を兄のところに持ってきて「面白いからこれ見て!」、ゲームをし出せば「一緒にやろう!」。けれども兄が本格的に加わって、兄っぽく主導権を握ろうとすると「もういい!やめて」とそっぽを向いてしまうのです。
そしてまたしばらくして(あるいはすぐに)、「かまって!」と兄の元にやってきます。
兄だって黙っていません。それ嫌で、兄は時折無視したり、こっそり嫌がらせをしたり、隠れて叩いたり…そして本当に喧嘩になれば、力も強い、語彙も豊富、だいたい最後は兄が勝ちます。
弟が泣き出してお母さんの元へ。「ちょっと兄!何やってるの!」と怒られてしまいます。
兄の話を聞いてあげる
さて、今回「弟と一緒に帰りたくない」と言った兄に対して、どう関わればいいでしょう。あくまでも今回の事例ではこうだった…という軽い気持ちでご覧ください。
兄とゆっくりと話をする良い機会
今回兄が「弟と一緒に帰りたくない」とこぼしたことは確かに残念、けれど同時に良い機会でもありました。心の声がぽろっと溢れたのは、普段は閉じている感情の扉がちょっとだけ開いているということです。
真面目だからこそ普段あまり聞かない兄の不満が、そこからぽろっと出たのです。大人だって普段は我慢していることを、ちょっとしたきっかけで友人や家族にばーっと話してしまうことがあるでしょう。
子どもだって同じです。もう小学校中学年ですから。
思っていても一生懸命その気持ちにふたをして、我慢しているものがあります。そしてそういう不満をばーっと言えたら、だいぶスッキリするのではないでしょうか。
そういったところは、大人も子どもも一緒です。
まずはじめに、2人きりになること
他のことに気を取られず、兄の話だけに気を向けていられる環境を整えてあげたいです。お父さんがいるならお父さんに弟を任せて、お母さんが兄と2人で話すのも良いでしょう(もちろん逆も)。
もし上述のようにお父さんとお母さんで役割分担できるのならば、手を引いて外に連れ出すといいかもしれません。弟を先に寝かせて、兄だけ少し起きててもらうというのもありです。
いつもより少しだけ特別、そんな環境は人の心の扉をもう少し開きやすくしてくれます。大人でも、大事な相談をするときはいつもの職場や家ではなく、ちょっと特別なところで(そして少しのお酒とともに)話をすることが多いのではないでしょうか。それと同じです。
子どもにとって、お父さんでもお母さんでも、感情の扉からばーっと溢れる思いを吐露する機会はとても貴重で、代え難い経験となるでしょう。そのためにもまずは2人きりで話を聞ける環境を整えてあげることが大事です。
話を聞いてあげる際の注意点
話を聞いてあげるときには、いくつか注意が必要です。話の聞き方がまずければ、子どもは逆に心の扉を閉ざしてしまい、逆効果になってしまう場合もあります。
目的は感情を吐露させること
話を聞いてあげる目的は追求ではありません。とにかく兄の感情を吐露させてあげることです。
だから「弟と一緒に帰りたくない」理由について、こちらから聞くけれど、答えを求める必要はないのです。
あなたはそう言うけど、本当はこうなんじゃない?
ちょっとそれは嘘でしょう?本当はどうなの?
などついつい追求しがちになってしまいますが、目的はそこではありません。たとえ嘘のように聞こえても、実施に嘘だったとしても、またはぐらかすような言動があったり茶化すようなことがあったとしても、それを追求するのはよくありません。
相手に共感する
子どものいうことですから変なことや辻褄が合わないこと、理解できないことも多いはずです。けれども、この共感は非常に大事です。
その気持ちわかる〜
同じこと思ったことがあるな
私の友人も君と同じことを言っていたよ
世間一般ではそう言う人も意外と多いようだね
など、自分の体験や人づてに聞いた話などもうまく使って、相手に共感していることをアピールしてください。共感が得られると、大人も子ども嬉しいものです。
ここで注意するのが、肯定するわけではないということです。
その通りだね
君は正しいよ
こういった言葉は不必要です。相手が言っていることが正しいか間違っているかは問題ではないからです。
相手の言っていることに正否をつけるのではなく、相手の気持ちに寄り添うことに神経を使わなければいけません。
相手を子どもと思わない
相手が子どもと思うと、どうしても上から目線になってしまいます。自分の子どもとなるとなおさらです。
ついつい説教になってしまったり、正否をつけたくなってしまったり、評価してしまったり。誰でも覚えがあるのではないでそうか。
あくまでも目的は感情を吐露させることです。点数をつけることではありません。
逆に点数をつけるような態度になってしまうと、それを察してせっかく開きかけた感情の扉がまた閉ざされてしまうことにつながります。相手を会社の他部署の同期とか、派遣先の後半社員だと思って接するくらいがちょうどいいかもしれません。
2人で話した時間が自分にとっても貴重であることを伝える。
2人で話す時間が、子どもにとっても親にとっても貴重な体験にであることが大事です。そのために、まずは親の方から、子どもと普段2人きりでゆっくり話した時間が貴重であったことを伝えるべきです。
こういうこと2人でちゃんと話したことなかったね。
君のこういう話が聞けて良かった。
自分との時間が親にとって有意義であることを感じれると、子どももまたその時間に誇りを持つことができます。
今回の事例では…
兄との会話
兄
いつも自分ばかり苦労している。
いつも一緒に登校しているけど、やっぱりちょっと嫌だ。
この間も、登校中猫がいて、弟がそれを気にして全く動かない…自分は早く学校に行きたいのに。
全然弟が動く気配がなかったから猫を追い払った。そうしたら弟が怒って大変だった。
私
私にも弟がいてね、大変だったよ。ちょこまか動き回るし、言うこと聞かないし、邪魔ばかりするし…
兄
そうそう!
それからこんなこともあったんだけど…
私
わかるなぁ、気持ちすごいわかる、同じだもん。
例えば…
兄
そっちもそういうことあったんだね。それは大変だね。実はこっちもね…
私
他の人から聞いた話だと、こういうのもあるよ。他にもこういうことで大変な人いっぱいいるんだ。君だけじゃないんだよ。
話の内容は極めて薄い
結論から言うと、兄から聞けた具体的な話は弟が登校中猫に捕まって動かなくなった話くらいで、あとは「兄は大変」「弟は能天気でこっちの苦労なんか知らない」など漠然としていました。
けれども兄本人はいっぱいしゃべって、共感してもらって、だいぶスッキリしたようです。
別な視点の話を
ここで、兄の話を肯定しているだけだと弟が悪者になってしまいます。兄には兄の大変さがありますが、弟には弟の大変さがあります。
そんなことを伝えてあげてほしいです。
弟の目線の大変な話
今弟はまだ低学年で、その中でも特にぱやぱやしていることもあって、兄ばかりが苦労する羽目になってしまっています。それが不公平というか、不満に感じることもあるでしょう。
けれどももう少し大きくなると、今度は弟の方が兄に対して複雑な感情を持つ場合があります。兄弟で比べられるということです。
小学校から中学校まで兄と同じ学校に通うことになる弟ですが、兄のことを知っている先輩や先生、場合によっては同級生からも「○○の弟」という認識になってしまいます。そして様々な場面で兄と比べられることとなってしまいます。
特に兄が生徒会をやっていた、部活動で成績を残していた、期末考査の成績はいつも上位だったなど、何かしら目立っていたとなるとなおさらです。たとえ直接言われなかったとしても、そういう視線を常に感じて過ごすことになります。
弟にとってはそれが嫌でたまりません。そしてこの「○○の弟」という肩書きは、今低学年の弟は今後約8〜9年間ずっと付いて回ることになるのです。
兄の大変さが兄にしかわからないのと同じように、弟には弟の大変さがある…そのことを、兄に伝えてあげました。
お互いがお互いを憎らしく思うことは別に変なことではない
兄には兄にしかわからない大変さがある。弟にも弟にしかわからない大変さがある。
兄の大変さは弟にはわからない。それと同じに、弟の大変さはきっと兄には理解が難しいでしょう。
でもそれは年の近い兄弟の宿命のようなものです。年の近い兄弟にはだいたい似たような問題が出てきます。
みんな同じことを思うし、同じことで悩みます。だから、君が感じていることはまったくおかしなことはないし、それについて私が起こるということもない。
そう伝えてあげました。
共感して、安心させ、お願いする…真面目な兄がおふざけ弟を無視するのまとめ
まずはゆっくり話を聞いてあげて共感してあげます。上から目線にならないように、批判にならないように、とにかく話をさせてそれに同意します。
そして憎らしく思うことはダメなことではなく、喧嘩することもおかしいことではないと安心させます。年の近い兄弟なら誰もが経験し、通る道です。
そしてその上でお願いします。
無理に好きにならなくていいから、その代わり優しくしてあげて。いつか弟が君を疎ましく思うようになった時に、適度な距離でお互いを尊重し合えるように。
うまく折り合いをつけてくれないか、と。それでまた不満が溜まってきたら、ちょっとだけこうやって、話をしよう。
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