2022年9月20日に発売された葬送のフリーレン9巻の感想や考察を述べていきます。北側諸国に入り、魔物や魔族との戦いがどんどん苛烈になっていくフリーレンたち。
そしてとうとう、フリーレンたちは最強と呼ばれる魔族との戦いに身を投じることとなります。
黄金郷のマハト。何でも黄金に買えてしまうという、強力無比の魔法を使う魔族です。
葬送のフリーレン9巻あらすじ
勇者ヒンメルの自伝
大陸北部エンデ、かつて魔王城があった場所に向けて旅をするフリーレン、フェルン、シュタルクの3人は、北部高原コリドーア湖のふもとで足止めを食らっていました。渡ろうにも湖が荒れに荒れて、まったく船が出なかったからです。
そして嵐が治まり、いざ船を出してもらおうとしたところで、船代が圧倒的に足りないことに気づきます(まあいつものごとくフリーレンが変な魔導書にお金を使いすぎてしまったのですが…)。
その際に船乗りから提案されたのが、勇者ヒンメルの自伝を見つけてほしいという依頼でした。
果たして、フリーレンたちはヒンメルの自伝が眠るとされている、孤島の朽ちた修道院へ向かいます。道のりは、まったく大したことのないものでした。魔物に遭遇するわけでもなく、修道院に張られた結界も簡単に解除でき、修道院を探索して割とすぐに、目的のものは見つかります。
パラパラとその書物のページをめくり、フリーレンは思わず顔を緩めました。
その顔は、とても寂しそうで、けれどもとても懐かしそうでした。
北部の旅
フリーレンたちはゆっくりと、けれども確実に北へと歩みを進めます。コリドーア湖を抜けてトーア大渓谷を渡り、シュマール雪原を横断します。
その間、渓谷に橋をかけることに情熱を捧げるドワーフがいたり、魔法薬の原料になりとても高価と言われる聖雪結晶の鉱脈を見学したり、多くの人や景色に心を奪われながらも、3人は順調に旅を進めていくのです。
黄金郷のマハト
けれども、フリーレンたちはヴァイゼ地方にて、足止めを食らうこととなります。正確には、自ら足を止めたというのが正解でしょうか。一級魔法使いレルネンやデンケンの依頼で、黄金郷のマハトという強力な魔族と戦うこととなったからです。
フリーレンたちは選ぶことができました。マハトと戦うか、それとも無視して北上するか。
はじめ、フリーレンは無視して北上することを選びました。どう考えても、フリーレンの目的には関係のないことですし、マハトと戦うことはリスクしかありませんでしたから。
ですがデンケンの胸の内を聞き、フリーレンは少しだけ心を動かされたようです。
デンケンは自分の大切な思い出を取り返すために、マハトに戦いを挑もうとしていました。そしてフリーレンは、その思い出を大切にする気持ちを、かつて勇者ヒンメルからもらっていました。真剣に妻との思い出を語るデンケンを、1人でマハトとの戦いに送り出すことが、フリーレンはできなかったのです。
そして、もとより協力するつもりだったフェルンとシュタルクとともに、フリーレンは城塞都市ヴァイゼへと向かいました。七崩賢最強と呼ばれる魔族マハトのもとに。
葬送のフリーレン9巻感想
葬送のフリーレン9巻の前半は、いつものように静かな旅の様子が描かれています。ただいつもよりも少しだけ、フリーレンが勇者ヒンメルを思い出すシーンが多かったように思います。
北上すればするほど旅は厳しくなっていきますが、その分、フリーレンの前回の旅の記憶も、より強烈に残っているのかもしれません。
逆にフェルンやシュタルク関連のエピソードは少し控えめな様子でした。一級魔法使いの試験以降、フェルンとシュタルクの関係も少し落ち着いているように感じます。戦いが厳しいと、それどころでもないのかもしれませんね。
勇者ヒンメルが残したもの
葬送のフリーレンはもともと勇者ヒンメルとの旅の軌跡を追うことで、ヒンメルやその仲間たちとの記憶に思いを馳せる物語です。今回もまた、少しだけ心にくるエピソードが、多数ありました。
勇者ヒンメルの自伝
先述したコリドーア湖畔のエピソードです。勇者ヒンメルの自伝を見つけてほしいと依頼した船乗りはじめ、町の人たちは皆勇者の自伝ということで、結構な期待をしていたようです。
というのも、このコリドーア湖畔の町もまた、勇者ヒンメルとその一行によって救われたことがあったからです。船乗り自身「子供のころからの憧れだったんだ」と話していますし、町の皆も欲しがっているとのこと。
ですが、実際に手に入れてみると、そこに書かれていたのは、4人一緒に何でもない街道を歩いていることだったり、ダンジョンで宝箱を見つけたことだったり、あるいは皆の寝相の悪さだったり…。つまるところ他愛のない旅の日常が記されているにすぎなかったのです。
もしかしたら、もっと詳しく見てみれば、魔物を倒したなど様々な冒険譚が記されていた可能性もあったかもしれませんが、フリーレンにとってはそれよりも、みんなと過ごした日常の方が尊かったに違いまりません。
結局依頼人である船乗りの好意によって、勇者ヒンメルの自伝はフリーレンがもらうことになりました。この船乗りのおじさんは、無表情で愛想はないですが、なんとも粋なことをしてくれるものです。
トーア大渓谷の橋
トーア大渓谷を渡るにあたり、フリーレン達は大きな橋を通ります。その橋は、フリーレンにとって思い入れのある橋でした。
勇者ヒンメルとその一行がトーア大渓谷を渡ろうとした頃には、まだ橋は完成していませんでした。ドワーフのゲーエンが一生懸命作っていたのですが、資金が足りず頓挫していたのです。
それを知り、ヒンメルは橋を架けるのに十分な資金をゲーエンに提供します。はじめ、ゲーエンはそれを断りました。あまりにも凄い額で、受け取るのに対して見合った対価を持ち合わせていないから、と。
ヒンメルは、対価はこの橋だと言うのですが、そもそも橋はヒンメルが生きているうちに完成することはありません。どうしたってヒンメルはその対価を受け取ることができないのです。そうゲーエンが話すと、ヒンメルはとても良い笑顔で、対価はフリーレンが受け取る、と言うのです。
ヒンメルは昔から、フリーレンのためにいろいろなものを残してくれていました。各地に銅像を建てさせるのだって、自分が死んだ後にフリーレンが悲しまないように、ということなのだとか。
どう頑張ったところで、種族の差は埋められません。ヒンメルが死んでからも、フリーレンはその後何百年も、もしかしたら何千年も生きるのかもしれません。その際に、フリーレンが少しでも悲しみを和らげられるようにと、ヒンメルはこの頃から考えていたのです。
これはもう愛と言うしかないでしょうね。
最強の魔族・黄金郷のマハトが凄すぎる
葬送のフリーレン後半では、七崩賢最強と呼ばれる魔族、黄金郷のマハトが登場します。これがとても強烈です。なにせ、フリーレンがあっさりと「勝てない」と認めた相手なのですから。
それでも勝つための活路を探す。これまで魔族との戦いは、若干危なっかしいところがあったとしても、最終的にはフリーレンが圧勝するという展開でした。フェルンやシュタルクも、魔族との戦いで消耗したり苦戦したりということはありましたが、最終的にはフリーレンもいるし、負けることはないという状況でした。実際に、毎回どうにか勝ちを拾ってくるような展開でしたし。
ですが今回に限っては、本当に勝てるのか、どうやって戦うのか、まったく想像がつかない世界なのです。
なにかを一瞬で黄金に変える魔法
文字通りです。一瞬で物を黄金に買えてしまう魔法を使います。レルネン一級魔法使いが呼び出したゴーレムが、剣を振りかぶってから振り下ろすまでのわずかな時間で、そのゴーレムの巨躯をすべてあっさりと、黄金に変えてしまうほどです。
もちろんそれ以外の魔法も強力です。身に着けているマントを剣に変え、また敵の攻撃を防ぐ盾として使い、その身のこなしも非常に軽やかです。レルネンとの戦いではそれ以上の魔法を見せることはありませんでしたが、きっとこれだけではないでしょう。ずいぶんと余裕が見られましたし、まだまだ手を隠しているように感じられました。
ですがやはりマハトの一番の脅威は、やはりすべてを黄金に変える魔法です。レルネンとの戦いでは、あくまでも自分に関わるものを見せしめとして殺すために、あえて直接的な攻撃方法を取っていました。ですが本気で戦うとなれば、きっとレルネン一級魔法使いですら、一瞬で黄金に変えられていたかもしれません(もっとも、レルネンもまた老獪ですから、一筋縄ではいかなかったかもしれませんが)。
フリーレンが過去に負けたことのある、数少ない魔族
黄金郷のマハトは、かつてフリーレンと戦い、フリーレンを降したことのある魔族です。フリーレンは非常に力のある魔法使いですが、それでも今までの人生で11人の魔法使いに負けたことがあると語っていました。1人はエルフ、6人は人間、そして4人は魔族。そのうちの1人が黄金郷のマハトなのです。
ただし、フリーレンは自分より魔力の低い魔法使いに11回負けたことがあると言っていたので、フリーレンよりも強い魔力を持った魔法使いも含めると、結構負けたことがあるのかもしれませんが…。
ちなみに、1巻に出てきた「ゾルトラーク(人を殺す魔法)」の使い手クヴァールもまた、フリーレンが負けたことのある魔法使いの1人でしたが、こちらについては再戦して圧勝しています。ですがマハトについては、フリーレンは未だ勝てるイメージを持っていないのです。
物語が始まって以来の、フリーレンの挑戦というわけなのです。
葬送のフリーレンに登場する、妙な人間臭さを持つ魔族たち
それにしても、葬送のフリーレンに登場する魔族はどうにも人間臭いように感じますね。なんだか不思議な感じがします。
そもそも魔族は人間を喰らう生き物で、そのために人間の言葉を操り、まるで息を吐くかのように、嘘をついて人間を騙します。
人の声真似をするだけの、言葉の通じない猛獣。
フリーレンは魔族をそう称していました。そして実際にそれを言われた魔族リュグナーもまた、それを本質と認めています。
そもそも魔族の祖先とは、人をおびき寄せるために物陰から「助けて」と言葉を発した魔物、とフリーレンが言っていました。彼らの話す言葉に、意味などまったくないのです。
それでも、魔族に心があるように錯覚してしまうのはなぜなのでしょうか。
自信過剰な腐敗の堅老クヴァール
はじめに魔族を人間臭いと感じたのは、腐敗の賢老クヴァールでした。彼は自分の魔法に絶対の自信を持っていて、そのことについてフリーレンと会話をしています。
もし魔族の言葉が、単に人を騙すだけのものであるなら、クヴァールが人間の使うゾルトラークについて解説し、弱点を指摘することなどありえないはずです。クヴァールは明らかに、自分の魔法を誇り、自分の勝利を確信したうえでそれを示すために言葉を発したのです。
狼狽える断頭台のアウラ
人間臭さと言う点で言うならば、アウラも同様のことが言えます。自分とフリーレンの魂を天秤に乗せたことで、自分の負けが確定してしまってからも、アウラは見苦しくも負けを認めず言い訳を始めます。
これも、人間を殺すために声を発することを覚えたという魔族の行動からは外れてしまいます。もし勝つために、人間を殺すために言葉を発するというのなら、アウラはここでは命乞いをするべきです。なのに柄にもなく狼狽えて、必死に「そんなはずはない」と語る姿は、まるで仕事でミスしたのにそれを認めない会社員のようです。
人間を理解をしたがる黄金郷のマハト
ではマハトはどうでしょう。マハトは「人間を理解したい」と話していましたが、それは本心なのでしょうか。「理解したい」という言葉さえも、人間を騙す手口なのかもしれません。
ですが、マハトの言動を見ていると、そしてこれまでの上位の魔族の人間臭さを見ていると、本当にマハトは人間を理解したいと思っているような気さえしてしまいます。少なくとも、マハトは当時の領主との約束はずっと守り続けていて、ヴァイゼの民であるデンケン一級魔法使いに対して一切攻撃をしようとはしません。
また人間と言う種族に対して、マハトは「好意」という言葉を使っていました。それも人間と相対しているときではなく、一人でいる時に、です。だましたり偽る必要のない時ですら、マハトは人間のことを「好き」と言っているのです。
ですがそんなマハトも、ヴァイゼの民以外の人間が黄金郷に入って来た時には容赦なく、残酷な殺し方をします。ヴァイゼの民も、全員黄金に変えられてしまいました。ヴァイゼの民であるデンケンだって、いつあっさりと黄金んい変えられてしまうか分かったものではありません。
黄金郷のマハトの好意とは
魔族にとって人間は、あくまでもエサとか、そういう位置づけなはずです。まず対等であるはずがなく、人間からすれば虫けらレベルと言っていいでしょう。とすればマハトの好意も、人間からすれば虫に対して抱く感情のようなものなのかと思います。
虫が何を考えているのか知りたい、虫がどういうコミュニティを形成しているのか知りたい、虫と意思疎通できるのか知りたい…。
そして、何か自分にとって不都合があればすぐに殺してしまえばいいのです。例えば、ちくっと刺してきたとか、まとわりついてきたとか。
人間だって、虫に対する愛情や執着など、虫にとっては理不尽なものではないでしょうか。少なくとも、相手に愛情を求めるような話ではありません。あくまでも、一方通行の、独善的な「好意」なのだと思うのです。
葬送のフリーレン9巻感想のまとめ
9巻は黄金郷マハトに関するエピソードが中心でした。きっと一級魔法使いの資格試験の時と同様、ちょっとした長編エピソードになるのではないかと思います。あの最強の魔族をフリーレンたちがどうやって打ち倒すのか、非常に楽しみですね。
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