ニセモノの錬金術師という漫画が私の中でちょっと話題です。もともとツイッターやピクシブで去年くらいから連載されていたのですが、今年になってやっと完結しました。絵柄はネームのような絵で一見すると読みにくいのですが、一度読み始めるとその世界観にすっかりやられてしまいます。
今回はそんなニセモノの錬金術師のお話です。
ピクシブ→「ニセモノの錬金術師」/「杉浦次郎」のシリーズ [pixiv]
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ニセモノの錬金術師とは?
すごーく簡単に言うと、異世界転生した主人公が、転生ボーナスで得た力を使いながら色々な敵と戦う物語です。エロあり、残酷描写あり。その分異世界の生々しさをビリビリと感じることができます。
それと、魔法や呪術の解説が半端無いです。特に呪術については相当マニアックに解説されていて、興味あるときは食い入るように読んでしまうのですが、疲れてる時に読むと目が滑ります(笑)。
ただそれがこのニセモノの錬金術師の世界観をガッチリとかたち作っていて、だからこそどっぷりとその世界にハマってしまうのです。
ニセモノの錬金術師のラストについて
最強の敵が立ちはだかる
これまでさまざまな敵と戦ってきたパラケルススですが、最後の最後で、最強最悪の恐るべき敵に立ち向かいます。
彼女は‥‥そう、敵は女性です‥‥は、どんな物理攻撃に対しても完璧な防御を持っていて、どんな魔術にも即座に対応する力を持っています。その上いくつもの分身を持っていて、それぞれが変わらない力を持っています。
また分身のいくつかは各国主要な組織の中枢に入り込んでいて、組織的にも強大な力を持っています。神様、とまではいかないまでも、彼女を敵に回すことは世界を敵に回すと同義と言っていいでしょう。
そもそも戦闘に長けていないパラケルススや、呪術に明るいもののまだ少女であるノラには到底手に負える相手ではないのです。
事実、パラケルススは為すすべなく敵の手中に落ちてしまい、ノラもダリアも彼女には有効な手を打てないまま、果ててしまうのです。
切り札のセーブクリスタル
確かに、通常彼女の前ではどんな人間でも無力です。彼女には、「敵対する」という概念すらないかもしれません。それくらい本当に、「敵なし」なのです。
けれどもパラケルススには他の人にはない物を持っています。転生ボーナスとして手に入れた能力、天地万物のレシピ。そしてセーブメーカーです。
セーブメーカーはセーブポイントを作ることができる能力です。先のウェスリーとの戦いで能力を改変されてしまったため、新しくセーブポイントを作ることはできませんが、ノラと出会ったばかりの頃まで戻ることは可能です。
ただし、そのまま戻ってしまえば、いずれまた彼女に狙われてしまいます。また戻ってから対策を考えるにしても、生半可な対策では、無駄になるどころかかえって身を滅ぼすことにもなりかねません。
セーブポイントまで戻りつつも、何かしらの決定打を残さなければならないのです。
まるでこれまでの物語が全て伏線のように
彼女に対する決定打は、呪術師であるノラが持っていました。けれでも決定打となったのは、ただの呪術だけではありませんでした。
ところで、このニセモノの錬金術師では、呪術について殊更くわしく、丁寧に描かれています。それはただ単純に呪術の仕組みを解説するというだけではなく、実際にそれが人の営みの一部として世間に浸透していることがしっかりと描写されているのです。
つまりどういうことかというと、おそらく考えうる最強最悪の敵に対して、ノラが(あるいはパラケルススが)切る最後の切り札がいかに合理的で、理にかなっているか、すんなりと理解することができるのです。
ノラの切り札は、考え方としては理解できるものの、ともすればこじつけと思われても仕方ない設定を無理矢理利用した物でした。
けれども、ニセモノの錬金術師では、これまで呪術に関して詳細にその特性を解説していて、またそれを裏付けるようにしっかりと物語の中で登場させていました。
物語の根底に深く根付いている呪術
はじめに呪術が登場したのは奴隷屋でノラを購入した時です。
「奴隷は魔術のひとつ『呪術』の契約によって縛られるんだ。これがないとすぐに問題を起こしちまう」
ニセモノの錬金術師|奴隷屋の主人
呪術に縛られることで、主人に逆らえなくなったり、自ら死ぬことができなくなります。また呪術の強制力は奴隷の主人にも及び、例えば正当な理由なく罰を与えたり暴力を振るったりなどもできなくなります。
「報酬帳です。だんなさまにもらえたら自動で書かれます」
「え、僕あげるって一言も‥‥」
「だんなさまの頭でなく心がきめます。さっきだんなさまはノラがいなかったら大変だと心から思いました」
ニセモノの錬金術師|ノラとパラケルスス
ノラの奴隷契約には、労働に対して報酬が支払われる旨が織り込まれていました。しかもそれは奴隷の主人が得を感じた際に自動的に設定されるのです。
言葉ではうまく説明できない呪術の性質や特徴が、物語の冒頭から自然な形で語られているんですね。
第二の主人公ダリアについて
それとニセモノの錬金術師のラストを語る上で外せないのがダリアの存在ですね。私は個人的に、ニセモノの錬金術師の第二の主人公だと思っています(私が勝手に思っているだけ)。そして最後の最後で彼女に泣かされます。
ダリアの内面
物語後半から徐々にダリア視点の、ダリアの内面に触れるようなエピソードが多くなっていくのですが、彼女の描かれ方って終始、自己肯定感との戦いなんですよね。まあ彼女が生まれた背景を考えると、納得できる部分ありますけど。
ダリアの根底にあるのは常に、「私は愛されていいのだろうか?」ってことだと思うのです。彼女にとってパラケルススとノラはお父さんとお母さんな訳ですけど、そんな中に自分が家族としていていいのだろうか?って。
パラケルススは、ダリアには危険なことをしてほしくないんですよね。なるべくダリアを危険から遠ざけようとする。敵と戦うときはなるべく関わらないように配慮して、罠だらけの屋敷を探索するときには1人だけ留守番をさせたりして。
だからダリアもそれに従うんですけど、でも自分の力をパラケルススの役に立たせたいという気持ちもあって、それ以上に自分の力を試したい、能力を発揮したいという望みもあって。そんな自分がわがままで、パラケルススに望まれていないのではないかって常に不安を抱えているんですね。
ダリアの悪夢
不滅となったサンジェルマンとの戦いの後、ダリアは悪夢を見るのですが、それがダリアの普段の不安を的確に表していました。ダリアがやりたいことをやったせいでパラケルススから嫌われてしまう夢です。
しかもその夢の中で、パラケルススはダリアと出会う以前の過去まで戻り、ダリアとは違うダリアを連れて帰ろうとします。
「え、待って!そのダリアじゃない!」
「あなたのダリアはここです!その子じゃない!」
「おねがい、私を連れて行って!他の子なんてやめて!」
「おねがい、もう勝手なことしないから!なんでもするから!おいてかないで」
とくにこの、「私を連れて行って!他の子なんてやめて!」というセリフには、本当に彼女の切実な思いが込められていると思います。
ダリアって、ただ愛に飢えてる子どもじゃないんですよね。お父さんの愛が欲しい、お母さんの愛が欲しい、って心の中で叫び続けてるような、そんな印象です。
ダリアの成長、ノラの答え
登場してはじめのうちは、ダリアはパラケルススやノラに対して遠慮ばかりで、自分の意見もろくに言えませんでした(ノラに対しては若干の対抗心すら抱いていたようですし)。何かを言おうとして、少し考えてやっぱりやめるような描写もあったかのように思います。
それが物語がすすむにつれて、ダリアは少しずつ成長します。魔法を覚えて、やれることがどんどん増えて行っく。で、そうすると色々な場面でパラケルススたちの役に立つようなっていって、自信をつけていって。
まあそもそもパラケルススやノラにとって、役にたつかどうかなんて全く関係ないんですけどね。役に立つかどうかなんて関係なく、初めからダリアは家族です。
「今後何があっても私は、私たちはあなたから離れない!‥‥それはあなたが役に立つからではない」
呪いの本によってダリアが孤独の幻覚を見せられているときにノラが放った言葉です。
「私たちはもう家族だからです。あなたは二度と孤独になれません」
のちにノラは、奴隷の分際でこんなことを言ってもいいものか、みたいなこと言ってましたが、きっとあれはあれでノラの本心だったんじゃないかなと思うのです。
家族として
というかですね、なんとなくですけど、パラケルススとノラは、ダリアがいなかったらここまで結びつきが強くなることはなかったんじゃないかな、と思うのです。
もともとノラはパラケルススの奴隷です。もちろんノラは、パラケルススの1番になりたいと常日頃から言ってましたし、事実すぐにそうなっていきました。ただ、その関係が家族かどうかと言われると、それはちょっと違かったと思います。
ですが2人の間にダリアが入ったことによって、2人の関係が変化したように思います。ダリアが望むのはお父さんとお母さん、そして家族です。それに対してまずパラケルススが応えていって、それから徐々にノラもお母さんの役割を演じるようになります。
もともとお互い好きあってる2人ですし、パラケルススだってもともとノラを奴隷として扱っていませんでしたし、そこに来て2人の間に「子ども」ができるわけです。お互いがそういう関係を意識するのも当然ということでしょう。
パラケルススの答え
ニセモノの錬金術師のラスト、セーブクリスタルを破壊することで過去に戻るわけですが、1つ欠点があります。それは、その時1番大切なことを忘れてしまうというものです。
ノラにそのことを説明した時、パラケルススは「おそらく自分はこの能力(天地万物のレシピとセーブメーカー)のことを忘れてしまうだろう」と語っていました。それに対してノラが、
「でも1年後にはノラが勝ってます。スキルには負けません」
って対抗心燃やすんですよね(ここすごくかわいいなって思う)。
ラスボスとの戦いの後、パラケルススはノラとダリア、そしてココのことも忘れてしまっていました。当時1番大切なこと、それはパラケルススにとっては家族だったということです。
でですね、これ、もしかしたらですけど、ダリアがいなかったらノラも忘れられることなかったんじゃないかなと思うのです。ダリアがいたからこそ、「家族」としてパラケルススの1番大切なことになっていたんじゃないかなと。
それだけパラケルススの中で大きな存在になっていたダリアですが、これまでのダリアの孤独に対する恐怖とか、愛に対する飢えだとかをずっと見せられてきた読者としては、だからこそ得られるカタルシスがあるのかなと思うのです。
「私の事忘れたの?」
「わた‥‥わたしなんかのことをわすれてくれたの?」
ほんとこのセリフに、ダリアの全ての感情が詰まっていると思います。
まとめ
こうして考えてみると、ニセモノの錬金術師のテーマの1つに「家族」と言うものがあるのかなと思いました。そしてニセモノの錬金術師の作者・杉浦次郎さんの代表作である僕の妻には感情がないもまた、ロボットと人間の家族をテーマにした物語です(たぶん)。なんかそういう、血のつがなりは関係ない、絆でつながった家族の在り方を描くのが得意な作者さんなのでしょうかね。
それはともかく、現在他の漫画家さんの手によって生まれ変わる準備中なのだとか。
すっごいすっごい楽しみです!出てくるまでは‥‥僕の妻は感情がない読みながら待ってようかしらね。
僕の妻は感情がない 01 (MFコミックス フラッパーシリーズ)
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