十二国記最新刊 白銀の墟 玄の月を全四巻読み切りまして、泰麒の努力や不屈の精神、そして土壇場で見せる底力に感動し、またこれまでこつこつと積み上げてきたものが今まさに実るという怒涛の展開にワクワクしていたわけなのですが、ここでふと疑問に思ったことが。琅燦って、一体何をしようとしていたのでしょうか。
琅燦といえば驍宗の部下でありながら阿選を唆して驍宗を討たせ、阿選が玉座に据わった時には常に側に控え、けれども決して阿選の味方をしたわけではなかった不思議な人物です。側に置き厚遇していた阿選すらも、その真意を最後まではかり知ることはできなかったのですから。
ということで今回は、そんな琅燦の思惑について、これまでの言動などから考察していきたいと思います。当然ネタバレありますので、まだ読んでいない方はご注意をお願いします。
琅燦(ろうさん)とは?
泰麒が李斎のもとを離れ白桂宮に戻った際に、琅燦は阿選の側にいました。もともとは驍宗麾下の18〜19歳頃の女性士官で、泰麒が白圭宮に戻った際にも、巌趙(がんちょう)とともに頼ろうと考えていた1人です。
琅燦は驍宗麾下の中でも古参の1人です。非常に博識で、しかも妖魔を操るすべまで持っていました…驍宗麾下が皆それを知っていたかどうかは定かではないですが。
ちなみに十二国記 黄昏の岸 暁の天にて、阿選の他には唯一泰麒に驍宗の出征についての疑念を教えた人物でもあります。そして六官と示し合わせて泰麒にそのことを教えないようにしようとしていることについても、泰麒にバラしています。
「阿選に寝返ったというより、阿選から身の自由を買ったと考えるべきなのかもしれませんな」
十二国記 白銀の墟 玄の月 二巻 文遠のセリフより
これは琅燦について項梁に尋ねられた文遠の言葉ですが、周囲からも、麾下ではないように見えているわけです。そもそも誰に対しても気軽に話しかけるというか、位に頓着しない風な物言いをする女性でした。
王や麒麟に対しても心から崇拝しているというよりは、利害の一致でともにいるという印象をうける、そんな人物だったのです。
泰麒が白桂宮に戻ったときには阿選の陣営に
泰麒が白桂宮に戻ったとき、琅燦はすでに阿選の麾下でした。いえ、麾下というにはどうも様子が違うようです。
もともと驍宗に対しても泰麒に対してもあまり丁寧ではない態度でしたが、さらに阿選に対しては無礼とも言える態度をとっていました。驍宗に対しては「様」をつけて呼ぶのに対して、阿選に対しては呼び捨てもしくは「お前」などと言っていたのです。
ただそれでも、驍宗を討つにあたり助言をしていたのは確かなようです。
阿選を唆したのは琅燦
阿選の回想の場面で、琅燦についてこう語られています。
琅燦は阿選のことは蔑んでいるし認めていない……阿選の中に反意はあったが、行動に向けて焚きつけたのは確実に琅燦だった。
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻より
琅燦は、阿選が動揺することを、もっと言えばそれが背中を押すことになることも承知で阿選にけしかけていることは間違い無いでしょう。現に琅燦の言葉で、阿選の心は酷く揺れ動いていることが分かります。
「あんたと驍宗様は似ていた。たぶん麒麟が見て取る気配も似ているだろう。その二人が同時に前に現れたら……驍宗様は昇山した。あんたは、しなかった……」
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻 琅燦のセリフより
琅燦は……うっすらと笑んだまま、阿選を見ていた。
このように、琅燦は明らかに、阿選が驍宗を討つと決める前から阿選を煽っていることがわかります。また熱心に助言し、大量の妖魔を用立てることもしたのです。
上で、阿選が反旗を翻した後に琅燦がすり寄っていったような言われ方をしていますが、むしろ琅燦の方が原因なのです。もう少しい言えば、琅燦は引き金でしょう。
もともと阿選に謀反の火が燻り少しずつ大きくなっていく中、琅燦がそれを一気に大きくした、と言うのが正しいように感じられます。
黄朱の民である琅燦は王を欲する世界を否定する
白系宮に妖魔がいることを耶利から聞いた項梁は、それが琅燦の仕業であることに気づきます。そして同時に気づくのです…琅燦が黄朱の民であることに。
自ら黄朱の民を名乗る耶利(やり)と琅燦が似ている…2人の王や麒麟に対する畏敬の念が感じられないというのが項梁の推理でしたが、それはまさしく当たりで、黄朱の民は基本王や麒麟に対して理解が及びません。それは王や麒麟の世界の枠組みから外れているからです。
黄海の出身というと思い出すのが、十二国記 図南の翼に登場し、供王登極において大きな働きをした頑丘(がんきゅう)でしょう。あの時点で生粋の黄朱は頑丘だけでしたからその言動に違和感というか、乱暴さすら感じたものですが、琅燦や耶利の登場を受けてから改めて彼の言動を見ると、非常に合点がいきます。
「私が台輔をあんたたちのように尊んでいないのは確かだろうね。そしてそれは王も同じ……王だの麒麟だのはどうでもいい」
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻 琅燦のセリフより
これは黄朱であることが明かされていない時点の琅燦の言葉ですが、その内容も、十二国記 図南の翼に登場した頑丘の言葉に通じるものがあります。
「俺たち黄朱は、王を必要としない……王と麒麟と、実はそんなものは、人には必要ないんだ。国の施しを受けずに生きていく覚悟さえできればな……」
十二国記 図南の翼 頑丘のセリフより
黄朱である彼らは、王や麒麟を必要とする世界にはさして執着がありません。むしろ王や麒麟に対して嫌悪のような感情すら抱いている節すらあります。
琅燦は驍宗を尊敬していた
上でも述べましたが、琅燦は阿選に対してはかなり雑な対応をしていたのに対して、驍宗には「様」を付けるなど終始丁寧な扱いをしていました。ただそれだけではありません。
ところどころで、琅燦が驍宗を尊敬しており、また崇拝していることが見て取れます。
「驍宗様があんたと競っていたのは、突き詰めて言えばどっちがましな人間か、ということだったんだ……驍宗様は、あんたと何を競っていたのか、それを忘れていなかったんだ」
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻 琅燦のセリフより
これは琅燦が、驍宗と阿選の決定的な違いについて述べた言葉です。琅燦は「まし」という言葉を使っていますが、要はその人物の「徳」について語っているのだと解釈できます。
非道に走るかつての王の命令をただ唯唯諾諾と聞いていただけの阿選と比べて、驍宗が王の臣下を超えて人間として優れていると阿選に突き付けたのです。また戴の正統な王は阿選でなく驍宗であると一貫して語っていたのも琅燦です。
依然として天命は驍宗様の上にある。
十二国記 白銀の墟 玄の月 二巻 琅燦のセリフより
……あんたは盗人で、この国の王は驍宗様だ。天もそれはわかっているはずだ。なのに……」
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻 琅燦のセリフより
泰麒が白桂宮に帰ってきてから最後の最後まで、琅燦はその節を覆しませんでした。それはある意味で、あくまでも驍宗を連れ戻し禅譲させるためにそう言っているだけとも取れますが、一方で琅燦の本音でもあるように感じられます。
つまり琅燦は驍宗を1人の人間として尊敬し、唯一王として認め、その上で(阿選を使って)玉座から追い落としたということになります。それは果たして何故なのでしょうか。
「驍宗様のことは尊敬しているが、興味には勝てない……王と麒麟をめぐる摂理に興味があるが、誰も答えは教えてくれないからね。知るためには試してみるしかないんだ」
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻 琅燦のセリフより
何を考えているか分からない琅燦に対して阿選が問いかけた際の、琅燦の答えです。非常に意味深で、ともすればはぐらかしているようにも感じられる言葉ですが、決して真実の声ではないにしろ、実は大変的を得ているのではないかと思うのです。
「新王阿選はどこかおかしい」と沐雨(もくう)に文を寄越したのは琅燦?
泰麒と別れて野にて驍宗を探して回る李斎たちは、驍宗らしき元泰の兵士が亡くなっていたという事実(実際は驍宗ではなかったのですが)を聞き、加えて耳に入ってきた「新王阿選」の報に愕然とします。
けれどもどうやらその報は信じてはいけない、どこかおかしいとの情報をくれたのが、石林観本山の女道師、沐雨でした。沐雨はもと朱旌(黄朱の民の別称)であり、朱旌のネットワークで戴国の様々な情報を得ることができるのですが、そうやって入ってくる情報の中に玄管(げんかん)という中央…恐らく王宮からのものであろうと言われている情報があります。
その中央からの情報は運んでくる鳥が非常に珍しい種類であり、王宮か州侯城でしか手に入れられないものであることから、送ってくるのは恐らく高官か軍の将校だろうというのです。そしてその文に、新王阿選を信じてはいけないと記されていたのです。
ではその文を沐雨に飛ばした人物は誰かと考えると、それは琅燦をおいて他にありません。王宮か州侯城におり、泰麒が阿選を王に指名したことについて疑いを持っている者、そして朱旌(黄朱)のネットワークが使える者となれば琅燦しかいません(実際に文をつけて鳥を放つのは耶利だったわけですが)。
ではなぜ琅燦はそのような情報を沐雨へ流したのでしょうか。ちなみに一番初めに沐雨に届いた玄管の内容は下の通り、阿選の誅伐を避けるための助言でした。
そこには、図印鑑を代表として江州道観寺院が阿選に疑義をぶつけようとしているらしい、とあった。だが、阿選はこれに対して厳罰を持って臨むだろう、場合によっては問答無用で誅伐が行われる可能性がある、と。
十二国記 白銀の墟 玄の月 三巻より
もしこの文を送ったのが琅燦であると仮定した場合ですが、琅燦がこういった情報を送って寄越す理由がわかりません。自分が唆した結果阿選の悪政が民を苦しめていることに心を痛んだのか。
いや、決してそういうことではないでしょう。琅燦にとっても、阿選を唆し驍宗を討たせることは苦渋の選択だったのではないでしょうか。
ただどうしても琅燦にはその必要性があったのです。だからせめてもと、黄朱のネットワークを使って助言を送るなどしていたのではないでしょうか。
琅燦が阿選を唆し、手を貸した理由とは?
ここまで述べてきたことをまとめると、
- 泰麒が帰還したとき、琅燦は阿選の側にいた。
- 琅燦は阿選を唆して、驍宗を討たせるよう働きかけた。
- 琅燦は阿選に対して助言をし、妖魔を操る手段を教えるなど全面的に協力した。
- 琅燦は王と麒麟のいる世界を否定している。
- 琅燦はかつてより驍宗を尊敬しており、今もそれは変わらない。
- 王と麒麟の摂理に興味があり、知りたいと思っている。
- 琅燦が阿選を唆して驍宗を討たせたのは、琅燦にとっても仕方がないことだった。
ここでふと考えられるのが、琅燦が驍宗を陥れたのは驍宗が王になったからではないか、ということです。十二国記 図南の翼に登場する頑丘もそうですが、王と麒麟の支配するこの世界に嫌悪を抱いている黄朱の民は決して少なくはなさそうです。
あるいはもしかしたら頑丘と琅燦はどこかでつながっていたのかもしれません(師弟関係とか?)。ともかく尊敬する驍宗が嫌悪する麒麟に選ばれて、よりにもよって王になってしまった…だから驍宗を王位から落とそうとしたのではないでしょうか。
驍宗は好きだが、王は嫌い。そういうことです。
驍宗は決して王に迎合しない、王に対してすら自分を曲げない男であったことは周知の事実です。轍囲のエピソードや、民を苦しめる王の命に逆らい1度軍を辞めてしまうところからも、驍宗のそういった性格は簡単に見て取れます。
琅燦は驍宗を取った天に復讐しようとしていた?
そして琅燦はきっとそんな驍宗が好きだったのではないでしょうか。それが恋愛感情かどうかは定かではありませんが、少なくとも尊敬してそばにいたいとは思っていたことでしょう。
また1度軍を辞めたときは黄朱に弟子入りしていたと言いますが、それだって通常簡単に行かないことは頑丘の話を引用するまでもなく明らかです。となればまず間違いなく琅燦の手引きがあったわけで、戴のためにと麾下を国に残してきた中琅燦だけが驍宗についていったことになります。
作中ではそのことについては語られていませんが、琅燦はそんな驍宗との関係がよかったのではないかと思うのです。それなのに驍宗は結局軍に戻り、あまつさえ王に選ばれてしまった。
それは見方を変えると、泰麒に、しいては天の摂理に驍宗を取られてしまったということになります。それが、琅燦には我慢できない。
「まるで天帝がどこかにおられて、頭を掻き毟っておられるかのように言われますな」
「いてはいけないか? いるとすれば、さぞこれまで悩ましかっただろう……」
十二国記 白銀の墟 玄の月 二巻 張運と琅燦のセリフより
まるでその天を困らせることが目的で、困らせたとき驍宗の運命がどう動くのか、王となってしまった驍宗が最後にどんな運命を辿るのか、興味を持っているのはそこなのではないかと考えるのです。
琅燦は驍宗の運命が勝つことを期待していた?
話を沐雨の玄管に戻します。沐雨に玄管を送っているのが琅燦として、わざわざ阿選が新王ではないと情報を流す必要がどこにあるでしょうか。
確かに、本物の王ならば天災もおさまり妖魔は減り、大地は命を取り戻すでしょう。けれども阿選は本当の王ではないからそうはならない。
だから注意せよ、という意味なのかもしれません。けれども私はこの玄管にもう1つの意味を考えたいと思います。
それは、驍宗を探す李斎たちに「諦めるな」と伝えることです。これだけ驍宗を探して噂になっている李斎たちの存在を、黄朱のネットワークを持つ琅燦が知らないはずはないでしょう。
そしてその探索がうまくいってないことも。けれども琅燦はそこに、驍宗復活の希望を見ていたのではないかと感じます。
ここまで陥れ、もはや一切の復帰も叶わないと思われていた驍宗が阿選に、そしてその先にある王と麒麟の摂理に打ち勝つことを。李斎たちが助け出した驍宗が自らの足で阿選の前に立ち、自らの運命を変えることを。
そして願わくば、王と麒麟の摂理から外れることも期待していたのではないでしょうか。
結局は天の摂理は動かず、泰麒の強さが驍宗の運命を掴み取った
最終的には、もう終わりかと思われた驍宗の前に、折れた角を復活させていた泰麒が麒麟の姿で首を垂れたことで決着はつきました。民衆の前で驍宗を処刑しようとして、逆に民衆の前に驍宗が本当の王であることを証明してしまったのです。
泰麒は麒麟の本性である角を無くしていました。だから阿選が王だと言ったり、阿選に平伏したり、あるいは人を傷つけ殺したりすることもできたのだと思っていました。
けれどもそれも全て、泰麒が阿選を欺くために死ぬ思いで我慢していたことだったのです。泰麒の強さが、血を吐くような辛抱が、驍宗を救う決めてとなったのです。
琅燦の思惑は失敗しました。驍宗は再び玉座に戻ります。
「……やられたな。つくづく、あの麒麟は化け物だ」
十二国記 白銀の墟 玄の月 四巻 琅燦のセリフより
思い通りにいかなかった琅燦の、最後の呟きと捉えてよいのではないでしょうか。
琅燦は一体何がしたかったのか?十二国記 白銀の墟 玄の月全四巻を読み切ってのまとめ
琅燦という人物について、黄朱であること、王と麒麟を擁する天の摂理に嫌悪を抱いていること、そして驍宗という人物を心底尊敬している観点から、なぜ琅燦が阿選を唆して驍宗を討たせたのかについて考察してきました。結局真実はわからないままではありますが、こうやって宙ぶらりんになった謎についてあれやこれやと考察して楽しむのも、十二国記の楽しみ方の1つと私は考えます。
まだ読まれてない方、以前集めていたけれどもう売るか実家に置いてきたしまった方も含め、是非とももう1度頭から読み直してみるのもいいのではないでしょうか。
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コメント
琅燦は王と麒麟という比翼連理の様な仕組みに嫌悪感を持っているというのは自分も感じました。
ですが「試してみるしかない」と言うのを読むと、琅燦が目指すべきだったのは蓬山というか碧霞玄君の様なポジションだったのではないか?と思いました。
碧霞玄君は膨大な判例から天網に反しないかどうかを調べてくるような表現があり、琅燦は天がどういう基準で王と麒麟のことを決めているのか?という知的探究心の方を優先しているだけなのだと。
なので、戴の民が「王と麒麟を求める」限り、どれだけ死のうが「知った事ではない」と考えていたと読み取りました。
ただ「真に黄海の民たらん」とし里に里木を望んだ黄朱が「王と麒麟を求める民ならば、どれだけ死のうと、死に絶えようと知った事ではない」と考えるのならば、琅燦は「黄朱の民」ですが、自分には黄朱がみな同じ様な考えを持っているとは思えないのです。
むしろ異端なのではないか?という疑念がぬぐえません。
「自分達に関わってくれるな」という意識と「実験してたくさん死んだとしても構わない」とには隔絶した「何か」があると。
泰麒を化け物と呼びますが、麒麟が「そういう存在として在る」事に疑念を抱いていたのならば、むしろ「よくぞやってみせた」と賞賛するべきであって、泰麒を理から外れた表現である「化け物」と呼ぶ事そのものが、琅燦が「天の仕組み」を「覆しようも無いモノ」として捉えていた証拠ではないかと思うのです。
だから「どこまでが許されるのか?」という事を知りたいのであれば、蓬山に行くべきだったと考えました。
“泰麒を理から外れた表現である「化け物」と呼ぶ事そのものが、琅燦が「天の仕組み」を「覆しようも無いモノ」として捉えていた証拠ではないかと思うのです。”‥‥まさにそうかもしれません! 今改めて読み返してみたら確かにそんな気がします。そしてそんな覆しようもないモノが確かなものかどうか“試してみるしかない”。そんな知的探究心だったのかもしれませんね。